逆輸出された漢字医学用語 [第10回] 結核 連載 福武敏夫
結核はいつから存在していたのだろうか。紀元前5000年頃の人骨や紀元前1000年頃のエジプトのミイラに骨結核の痕跡が認められていることから,当時から存在していたと考えられる。日本でも縄文時代の人骨には痕跡はみられないが,千葉県小見川の古墳から発掘された骨に結核の痕がみられたという〔酒井シヅ『病が語る日本史』(2002)〕。この例は壮年男性の腰椎・仙骨部分のカリエスで,股関節付近に及ぶ流注膿瘍痕も認められたという〔小片丘彦:新潟医会誌.1972;86(11):466-77〕。『源氏物語』や『枕草子』の時代にも結核があったことがうかがわれる記述があるが,病名は「胸の病」の中に含まれ,江戸時代には「肺勞」や「勞咳」と呼ばれていた。中国でも7世紀には「瘰癧るいれき」と呼ばれており,その後は症候により「虚勞」や「熱勞」などさまざまな言葉が用いられていた。
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