応用倫理学入門 科学技術に伴う諸問題を考える [第1回] より良い社会を創るために――「倫理に答えはない」のその先へ 連載 澤井努

 大学で倫理学の授業をしていると,「倫理に答えはない」「倫理は人それぞれ」という言葉を,学生が口にすることがあります。これらの表現は,倫理に関して絶対的な見方は存在しないと主張する,「倫理的相対主義」という倫理学的立場を示唆しています。しかし,私の授業に出ている学生と同じく,多くの人がその真意を十分に理解せず,「倫理に答えはない」と簡単に言ってしまっているのではないでしょうか。

 1900年代以降,倫理学の一部の分野では,「倫理に答えはあるのか」「倫理は普遍的なものか,それとも個人や文化によって異なるのか」との問いが真剣に議論され,倫理的相対主義をめぐる理解も深まってきました。しかし,社会では「倫理に答えはない」「倫理は人それぞれ」という見方が依然として広まっていて,その結果,倫理をめぐる議論が「私はこう思う」と個々の意見を表明するだけの表面的なものに陥りがちです。こうした状況下で,倫理的相対主義が抱えるジレンマに留意しながら,より良い倫理の構築につながる視点を提供することが本連載の目的の一つです。

 日々の臨床現場で倫理的判断を求められる医療従事者の皆さん,また将来その場に立つ医学生や看護学生の皆さんにとって,倫理の問題は日々の実践や将来の職業生活に直結する重要なテーマでしょう。以下では,従来の科学・医学・工学が提起する倫理的問題から,最先端の科学・医学・工学が投げかける新たな倫理的問題まで,幅広いトピックを扱う本連載の出発点として,まず倫理の「絶対的な見方」と「相対的な見方」の違いを簡潔に説明し,本連載のめざすところを明確にしていきます。

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