第1回 自覚がない人への対応/心理社会的支援と環境調整
【登壇者】
金生 由紀子(東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野)
今村 明(長崎大学 生命医科学域 保健学系 作業療法学分野)
辻󠄀井 農亜(富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座)
■自覚がない人への対応
Q 抑うつや不眠などを主訴に受診し,適応障害のベースに発達障害があると考えられるとき,自身の発達障害の傾向に全く自覚がない場合,発達障害の説明や心理検査の導入に困ることがあります。説明や心理検査の導入の工夫はありますか? あるいは,本人の自覚がない場合,医療者が発達障害を考えても,そのことは扱わず,主訴となっている気分や身体的な症状のみを扱うほうがよいでしょうか?・・・臨床心理士
Q 発達の特徴や抱えている困難について1人ひとりに合わせて対応するよう心がけてはいますが,入院中や退院後の支援を行っていく際,診断がされず,本人がその特徴を理解していないままだと,困りごとに対する支援(どんなことに困りやすいのか,どんな対応ができるのかなどを話し合うこと,看護計画に具体的に挙げていくこと,看護師間で統一した関わりをしていくこと,など)が難しいと感じます。診断がついていない状況,本人もあまり自覚がない・相談ができない状況では,どのように対応していけばよいでしょうか?・・・看護師(精神看護)
金生 「発達障害かな」と思われるけれど本人には自覚がない場合の対応についての質問です。周囲から精神科へ受診するよう促したいが,本人が精神科に偏見があり受診につながらないときどうしたらいいか,あるいは適応障害のベースに発達障害があると思われるが自覚がない場合,検査や説明はどうしたらいいのかという質問が寄せられました。こちらは今村先生からお答えいただけますでしょうか?
今村 本日の参考書籍(『発達障害Q&A』)のQ59(⇒p.186)もご参照いただければと思います1)。自覚がない人への対応は非常に苦慮します。自覚がない人は,自分の視点からだけで物事を見ているため,結果として自己中心的な判断となってしまったり,発達障害に対する偏見を持ったりしている場合も多いので,自分のことを顧みるということに壁があり,その壁を打ち破るのが本当に難しいです。
金生 よくわかります。
今村 まずその人の困っているところを丁寧に聞くことが大切です。「困っていない」と言われることもありますが,会話の中で困っていることが出てくることもあります。そういう人にはうつや身体的な訴えが出てくることが多いので,まずはそこに寄り添って話をします。そのうち「対人関係がうまくいかない」などの話が出てくることもあります。時間はかかりますが,少しずつ特性にスポットを当てていくことが重要です。
金生 焦らないことが大事ですね。
今村 そうですね。その人の主訴といいますか,気分や身体の問題にスポットを当てて,少しずつ話を進めていくことが大切です。注意したいのは,診断にもっていくことがゴールではないということです。
金生 辻井先生,何か追加していただけますでしょうか?
辻井 今村先生がおっしゃった通り,本人に寄り添い,その特性にスポットを当てることが重要です。また,当事者本人が信頼している人や上司,同僚とつながりながら支援を進めることも大切です。
金生 キーパーソンの協力が得られると,支援は非常にやりやすくなりますね。ありがとうございます。
■心理社会的支援と環境調整
金生 心理社会的支援と環境調整についてのご質問です。辻井先生お願いします。
辻井 概略とともに,私の考えも含めてお話しさせていただきます。本日の参考書籍にも,心理社会的支援や環境調整について記載されていますので,そちらも参考になさってください(Q69⇒p.217)1)。障害のある人に対する心理社会的治療としては,ペアレントトレーニングやソーシャルスキルトレーニング(SST)などの行動療法の有効性が示されています。ただ,家庭で取り組もうとしても,まずはお子さんが自分自身の発達障害の特性を理解していなかったり,親が困っていることを理解していない場合が多いです。
金生 そうですね。
辻井 なので,子どもの好きなことや話したいことを聞きながら,どの部分が困っているのかを整理することが大切になります。YesやNoで答えを出すのではなく,一緒に状況を整理していくことが取り組みやすい心理療法ではないかと思います。
金生 具体的にはどういうことをしたらよいでしょうか。
辻井 例えば,子どもが普段頑張っていることやできることを見つけて褒めてあげる。特別な治療法ではなく,まずは目の前の子どもの状況を整理し,困りごとや頑張っていることを見つけていくことが大切だと考えています。
金生 家庭内での環境調整はいかがですか。
辻井 例えば,忘れっぽい子どもには物の置き場所を決めたり,いつも通る場所に必要なものを置くといった,日常生活の環境を整えることなど,何かできることがないか,いろいろと考えてみることが大切だと思います。
金生 生物心理社会的モデル(BPSモデル)の観点が役立ちそうですね。
辻井 そうですね,BPSモデルを用いて,本人自身とその周囲の環境を理解し,どのような問題が起こっているかを整理することが,家庭でできる環境調整の第一歩だと考えています。繰り返しになりますが,特別な治療法ではなく,まず目の前の子どもの状況を理解し,それを支援者もサポートすることが大切です。
■文献
1)金生由紀子(編),今村明,辻井農亜(編集協力):発達障害Q&A―臨床の疑問に応える104問.医学書院,2024
金生 由紀子
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 准教授
東北大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科,北里大学大学院医療系研究科などを経て,現職。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・部長を兼務。児童精神科医。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本児童青年精神医学会認定医。子どものこころ専門医。チック症,OCD,ASD,ADHDなど発達期に強迫性及び衝動性が問題になる疾患を中心に児童青年精神医療を担当。家族支援及び学校保健にも関心がある。
今村 明
長崎大学 生命医科学域 保健学系作業療法学分野 教授
1992年長崎大学医学部卒業。2000年同大学院卒業。2016年3月~2023年4月長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部・教授。2021年10月より現職。日本精神神経学会専門医,子どものこころ専門医,臨床遺伝専門医,日本医師会認定産業医,公認心理師等。主な著書として『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(「ADHD特性の脳科学的理解」共著,じほう,2022年),『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』(単著,星和書店,2014年)など。児童相談所,家庭裁判所の嘱託医でもあり,子どもの発達,愛着,トラウマの問題に関心を持つ。
辻󠄀井 農亜
富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座 客員教授
2001年産業医科大学医学部医学科を卒業後,近畿大学医学部精神神経科学教室に入局。同大学院を経て,2022年6月より現職。日本精神神経学会・専門医・指導医,子どものこころ専門医・指導医。専門領域は児童青年精神医学,特に,注意欠如多動症を含めた発達障害と気分障害といった精神疾患の併存・つながりに関心を持つ。日本児童青年精神医学会代議員・理事,日本青年期精神療法学会理事。主な著書として中村和彦・編『子どものこころの診療のコツ 研究のコツ』(共著,金剛出版,2023年),『自閉症治療の臨床マニュアル』(共訳,明石書店,2012年)がある。
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