第4回 プライマリケア医にできること/産業医としての取り組み
【登壇者】
金生 由紀子(東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野)
今村 明(長崎大学 生命医科学域 保健学系 作業療法学分野)
辻󠄀井 農亜(富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座)
■プライマリケア医にできることは?
金生 精神科以外での対応についてですね。「プライマリケア医が診療を行う際に参考になる書籍などがあれば教えてください」という質問や,「総合病院の内科医が発達の問題があると感じた場合,どのように対応すればよいのか」などの質問が寄せられています。これらについて,今村先生いかがでしょうか。
今村 まず参考になる書籍ですが,それはもちろんこの『発達障害Q&A』ですね(笑)1)。発達障害の本当に多岐にわたる疑問を100名を超える執筆陣が丁寧に解説していますので,プライマリケアの先生にも効率良く学んでいただけると思います。また,当事者の方やご家族の書いた書籍や漫画注)なども最近はたくさん出ています。そういう読みやすいものから入っていただいて,少しずつ広げていくとよいと思います。
金生 内科の先生の対応についてはどうですか。
今村 どの科の先生であっても,その人が辛いと感じているところに焦点を当てて理解しようとすることが大事だと思います。理解しようとまずは寄り添っていただくのが一番重要です。その点で,先ほど触れた当事者やご家族の書いた本は,発達特性のある方々の世界を垣間見ることができますので,理解する手助けになります。
金生 心理職の方が近くにいらっしゃらないといった,医療資源がない場合はどうしたらいいでしょうか。辻井先生にお聞きします。
辻井 最近は,児童精神科も成人の発達障害を診る機関も,受診まで数カ月待ちというのが当たり前のようになってきていて,受け入れ側であるわれわれが考えるべき問題だと感じています。質問にお応えすると,専門科につながるのが難しい場合でも,今村先生がおっしゃったような当事者の書いた書籍や一般向けの解説書をその方に何気なく勧めてみるというのが有効だと思っています。「読んでみてどんなことを感じましたか?」と聞いてみたり,共感した点があればその困難を一緒に考えてみたり,そんなところから自身のことに気づくきっかけが作れるんじゃないかと思います。
金生 自分自身のことに気づいてもらいながら,書かれている悩みを共有してもらうということですね。そして診断というよりもその人の困っているところにフォーカスできるとよいですね。
辻井 そうですね。診断も,心理検査の結果だけで行えるわけではありませんので,心理検査中の所見や印象も非常に重要です。
金生 ご紹介いただく前にそういう対応をしていただけると,精神科を受診した後もスムーズに進みますよね。
辻井 われわれは非常に有り難いですよね。「前の病院の先生から勧められて,こんな本を読んでいました」とか「こんなところが当てはまる」「こういう特性があると思うんだけども」と言われると,「そうだったんですね,自分のことを理解しようと努められているのですね」と話が進みやすくなりますし,次の対応もスムーズになります。ご専門でなくても,本を読んで一緒に考えてみたり,家族と話してみたり,それで本人が少しでも自分のことを知ろうという気持ちになれば,それだけでもう十分治療的なんです。「親身になって診てくれた」ということは当事者の方には大切な時間となりますので,どの科であってもできることがあるのではないかと考えています。
注)例えば,以下の書籍などがオススメです。
●吉濱ツトム:イラストでわかる シーン別 発達障害の人にはこう見えている.秀和システム,2023
●鈴木慶太:フツウと違う少数派のキミへ―ニューロダイバーシティのすすめ.合同出版,2023
●はなゆい:ただのぽんこつ母さんだと思っていたらADHDグレーでした。オーバーラップ,2024
■産業医として取り組めることは?
Q 職場では,診断はされなくとも発達障害の傾向がある方がおられ,周囲の人が疲弊する,メンタルヘルス上の問題を起こすことがあります。こうした事例への産業医としての取り組み,職場環境調整の方法をご教示ください。・・・医師(プライマリケア・総合診療)
金生 発達障害の職員に対する対応のあり方や指導のあり方について,産業医としてどのように取り組むべきかという質問もいただきました。今村先生に伺ってみたいと思います。
今村 参考書籍のQ83(⇒p.274)にもいろいろと触れられているので参照いただきたいのですが1),私も産業医に近いことをやっています。職場に出てこられない方の中に,発達障害的な傾向を持つ方もいらっしゃいますし,パワハラをしてしまう上司にも発達障害的な,共感性が欠けている方が多いです。職場の問題が難しいのは,産業医が簡単に「あの人は発達障害的な傾向がある」と言ってしまうと,レッテル貼りになってしまい,偏見を助長する場合もあることです。あくまで特性をしっかり捉えつつ,話を聞いてあげることが大事だと思います。
金生 話を聞くときのコツはありますか。
今村 特性があると自分の視点からしか物事を見られないことが多いので,周りとずれてしまうんですね。「何で自分のことをわかってくれないのか」とか,過剰な要求をしてしまうこともあります。その中で合理的配慮の線引きをどこにするかは本当に難しいところがあります。周りがその人を何とかカバーしようとして疲弊してしまうことも多いです。そうなると一転して「なんで自分がこんなことまでしないといけないのか」とか,「なぜあの人だけ優遇するのか」といった不公平感が職場に湧いてきます。そのようなときに私がよくやるのが「枠付きの寄り添い」です。会社のルールをまずしっかり説明し,枠を決めます。「あなたのためにここまではできますが,それ以上は難しいです」と枠を決めて,しっかり理解してもらう。その中でしっかりその人の心情に寄り添う,その人の気持ちを代弁して会社に伝えるというのが産業医の役目だと思っています。
金生 「枠付きの寄り添い」という言葉はいいですね。いろいろな立場で活用できる取り組みですので,ぜひご自分の職場に取り入れてみてはいかがでしょうか。
■文献
1)金生由紀子(編),今村明,辻井農亜(編集協力):発達障害Q&A―臨床の疑問に応える104問.医学書院,2024
金生 由紀子
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 准教授
東北大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科,北里大学大学院医療系研究科などを経て,現職。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・部長を兼務。児童精神科医。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本児童青年精神医学会認定医。子どものこころ専門医。チック症,OCD,ASD,ADHDなど発達期に強迫性及び衝動性が問題になる疾患を中心に児童青年精神医療を担当。家族支援及び学校保健にも関心がある。
今村 明
長崎大学 生命医科学域 保健学系作業療法学分野 教授
1992年長崎大学医学部卒業。2000年同大学院卒業。2016年3月~2023年4月長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部・教授。2021年10月より現職。日本精神神経学会専門医,子どものこころ専門医,臨床遺伝専門医,日本医師会認定産業医,公認心理師等。主な著書として『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(「ADHD特性の脳科学的理解」共著,じほう,2022年),『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』(単著,星和書店,2014年)など。児童相談所,家庭裁判所の嘱託医でもあり,子どもの発達,愛着,トラウマの問題に関心を持つ。
辻󠄀井 農亜
富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座 客員教授
2001年産業医科大学医学部医学科を卒業後,近畿大学医学部精神神経科学教室に入局。同大学院を経て,2022年6月より現職。日本精神神経学会・専門医・指導医,子どものこころ専門医・指導医。専門領域は児童青年精神医学,特に,注意欠如多動症を含めた発達障害と気分障害といった精神疾患の併存・つながりに関心を持つ。日本児童青年精神医学会代議員・理事,日本青年期精神療法学会理事。主な著書として中村和彦・編『子どものこころの診療のコツ 研究のコツ』(共著,金剛出版,2023年),『自閉症治療の臨床マニュアル』(共訳,明石書店,2012年)がある。
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