第6回 【発達特性をもつ学生,部下,同僚に対する悩み その②】教育担当者がつぶれてしまわないために/職場全体で対応するには
【登壇者】
金生 由紀子(東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野)
今村 明(長崎大学 生命医科学域 保健学系 作業療法学分野)
辻󠄀井 農亜(富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座)
■教育担当者がつぶれてしまわないために
金生 発達特性のある人が生徒や部下にいる場合,教育担当者がストレスを感じてしまうことは多いと思います。グレーゾーンと呼ばれるような人を教育する中で,自分がカサンドラ状態になっているという相談もありましたが,こういう教育担当者の負担についてどう対応したらよいか,今村先生からコメントをいただけますか?
今村 私も教員の立場なので,非常に身につまされる思いです。まずグレーゾーンについてですが,発達障害の診断は日常生活に支障が出ているかどうかが基準になります。ということは,グレーゾーンと発達障害の境界線はその人の生活する環境によって変動するということになります。つまり,診断を受けていなくても多様な特性を持つ人はどこにでもたくさんいるという事実を前提として理解する必要があります。その1人ひとりがそれぞれ異なる特性を持っている中で,支援が必要な人たちをある程度区切っていくために診断基準というものができたと理解していただくとよいと思います。
金生 そういう人たちは当たり前の存在だと認識するということですね。
今村 はい。そのうえで「カサンドラ状態」――この言葉は発達障害などの配偶者に対して使うのが通例なので,ちょっと面白い言葉の使い方だなと思いましたけれど――,当事者に振り回されて倒れてしまうような状態にならないよう距離をとることが必要になります。先ほど申し上げた「枠付きの寄り添い」ですね(第5回参照),そういったことを試してみるとよいと思います。「いつでも私に相談してね」とか「困ったときはいつでも言ってね」と伝えてしまうと,文字通りに受け取って,距離感なくグイグイ来られたり,5分おきに息つく暇なく声をかけられたりという状況になります。そうではなくて,時間と空間を決めて「このときなら話を聞きますよ」とか「1週間に1回,ここで5分だけお話ししますよ」とか,そういう形でルールを決めるんです。そうしないと,どうしてもサポートする側が潰れてしまうんですよね。 あとは,チームで対応していくという考え方が大事ですね。1人でサポートしようとするとその人に負荷がかかりすぎる状態となるので,非常に難しいです。できるだけ複数人のチームでサポートすることを考えていくのがよいと思います。
■職場全体で対応するには
Q 発達障害かなと感じるスタッフが増えてきました。本人が自覚することも必要かと思いますが,どのように伝えるといいのでしょうか。今後は,発達障害があっても働ける職場を目指したいので,職場全体の理解を促すための方法を知りたいです。・・・ 看護師(管理者・教育担当者)
Q 看護学生で発達障害に悩んでいる学生がいます。教員も対応に困っていますが,臨床の先生方ともっと相談できれば,教員の立場からのサポートができるのではないかと個人的には考えています。学生,ご家族,学校と臨床の先生方とのチームの作り方のヒントをいただければと思います。・・・ 看護教員(大学)
金生 先ほどの複数人のチームでサポートするというお話とつながりますが,職場全体で対応するにはどうしたらいいかという質問です。今村先生,これはどうでしょうか?
今村 職場全体でサポートするときに注意したいのが,どうしても不平等感というものが出てきてしまうということです。「なぜあの人を私たちがサポートしないといけないのか」「あの人のせいですごくストレスがかかっている」とか,そういう不満が湧いてくるんですね。そのストレスでうつになる人が出る。その人がうつで休職する。そのしわ寄せで残った人がさらに苦労するといった悪循環に陥ることもあります。 そうならないためには,当たり前のことですが,頑張ってサポートしてくれている人たちを,しっかりねぎらうことが大事になります。サポートする人たちは無力感を感じることが往々にしてあります。それに対して,きちんと評価して感謝の言葉をかけることはやっぱり必要なんですね。そして,みんなの苦労とか頑張りとか,そういうものを共有していくとチームが強くなります。そのためには顔を合わせて具体的な話し合いができる場が必要だと思います。
金生 学生,ご家族,学校と臨床の先生方でどうやってチーム作りをしたらよいか,という質問についてはどうですか。
今村 家族と学校,あるいは家族と臨床の人たちというのは対立関係に陥りやすいんですが,そうなる前にそれぞれがこれまでやってきたプラスの側面に目を向けられるといいですね。「あの先生はあんまり丁寧じゃないけど,こういったことをやってくれた」という感じで,それぞれの人の「がんばり」に光を当てる。当事者が何とかうまくいくようにサポートしたいという気持ちはみんな一緒ですので,それぞれがこれまでやってきたことをお互いに評価して,対立関係から協力関係,信頼関係にしていくということですね。
金生 由紀子
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 准教授
東北大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科,北里大学大学院医療系研究科などを経て,現職。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・部長を兼務。児童精神科医。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本児童青年精神医学会認定医。子どものこころ専門医。チック症,OCD,ASD,ADHDなど発達期に強迫性及び衝動性が問題になる疾患を中心に児童青年精神医療を担当。家族支援及び学校保健にも関心がある。
今村 明
長崎大学 生命医科学域 保健学系作業療法学分野 教授
1992年長崎大学医学部卒業。2000年同大学院卒業。2016年3月~2023年4月長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部・教授。2021年10月より現職。日本精神神経学会専門医,子どものこころ専門医,臨床遺伝専門医,日本医師会認定産業医,公認心理師等。主な著書として『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(「ADHD特性の脳科学的理解」共著,じほう,2022年),『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』(単著,星和書店,2014年)など。児童相談所,家庭裁判所の嘱託医でもあり,子どもの発達,愛着,トラウマの問題に関心を持つ。
辻󠄀井 農亜
富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座 客員教授
2001年産業医科大学医学部医学科を卒業後,近畿大学医学部精神神経科学教室に入局。同大学院を経て,2022年6月より現職。日本精神神経学会・専門医・指導医,子どものこころ専門医・指導医。専門領域は児童青年精神医学,特に,注意欠如多動症を含めた発達障害と気分障害といった精神疾患の併存・つながりに関心を持つ。日本児童青年精神医学会代議員・理事,日本青年期精神療法学会理事。主な著書として中村和彦・編『子どものこころの診療のコツ 研究のコツ』(共著,金剛出版,2023年),『自閉症治療の臨床マニュアル』(共訳,明石書店,2012年)がある。
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