第7回 発達障害の併存症/不器用な子ども

【登壇者】 
金生 由紀子(東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野) 
今村 明(長崎大学 生命医科学域 保健学系 作業療法学分野) 
辻󠄀井 農亜(富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座)

 

■発達障害の併存症

Q  発達障害(ADHD)と双極症の鑑別はどのように行いますか?・・・看護師(管理者・教育担当者)
Q  発達障害の重ね着症候群としてのパーソナリティ障害とはどんなものでしょうか? そもそもパーソナリティに障害があるという考え方はこのご時世に不向きではないでしょうか?・・・その他
Q  医学生の中に「ゲーム依存・ネット依存」の学生がいます。発達障害との関連性,対応法についてアドバイスいただきたいです。・・・勤務医(大学病院)

金生  併存症についての質問をいくつかいただいています。発達障害,特に注意欠如多動症(ADHD)と双極症の鑑別はどのように行えばいいでしょうか,という質問が来ています。これについては,参考書籍『発達障害Q&A』のQ46⇒p.147)にも記載がありますね1)。辻井先生はどのようにお考えですか?
辻井 双極症にせよ,うつ病にせよ,気分症は“エピソード”といって,ある期間だけ症状が出てきます。その期間をいかに確認するかが大切です。新しい何かが出てきているのか,それとも,もともとずっとそうなのかというところが鑑別のポイントになります。身近にいるご家族にお聞きするとわかることが多いです。
金生 そうですね。ご家族の協力が得られない場合のコツはありますか?
辻井 ご本人だけが来られる場合は,基本に忠実に,診断基準の症状をしっかり確認します。気分の高揚感や誇大性など,ADHDにはみられない症状があるかどうかを丁寧に確認するようにしています。
金生 基本をきちっとやるということですね。ありがとうございます。 続いて,パーソナリティとの関連についても質問をいただいています。今村先生はどのようにお考えですか?
今村 「重ね着症候群」というのは,衣笠隆幸先生が以前言われていたことで,生来の発達特性が核として中心にあり,その周りを覆うように併存症が包んでいるという形で理解するモデルです。層構造として考える見方もあります。その場合,まずベースに発達特性があって,そこに例えばアタッチメント障害とかトラウマとかがだんだん重なっていって,最終的にその人のパーソナリティ特性が生じてくるという。トータルでその人を理解していくと言いますか,発達だけじゃなくて,「この人は育つ過程で辛いこともいろいろあったのかもしれない」とか,そういう視点で見るということですね。
金生 ありがとうございます。ゲーム依存,ネット依存との関連性については今村先生いかがでしょうか。
今村 発達障害,特にADHDとゲーム依存については,関連があると言われています(参考書籍Q54 ⇒p.1731)。ICD-11では,ADHDを強い刺激や報酬が持続的にないと集中できない人たちだと考えていますが,ゲームやネットコンテンツというのは強い刺激が持続的に続きますので,ものすごく集中して過集中になることがあります。自閉スペクトラム症(ASD)では感覚探求やこだわりがゲームやネットにフィットしてしまうことが多いかなと思います。
金生 その背景には何があるのでしょうか。
今村 ネット,ゲームに向かってしまう背景には,リアル社会の中での生きづらさがあると考えられます。バーチャルの世界には自分の役割・居場所があって,ゲーム内の役割をしっかりやっていれば尊敬されます。リアル社会のように細かいことを気にせずにチャットでコミュニケーションがとれるんですね。比較的簡単に人とつながれることは大きいと思います。
金生 バーチャルは発達特性でつまずきにくい世界なんですね。
今村 居心地の良い世界だからこそハマってしまうわけで,その分対応が難しいということになります。対応としては,まずはなぜそんなにネットやゲームが面白いのかを共感的に聞いてあげて,本人の気持ちを理解するところから入るようにしています。その中で,「楽しいけど,やっぱり困ってることもあるんじゃないかな」と聞きます。「学校に行けなかったりとか,頭痛がひどかったりとかして困ってるよね」と。そうやって本人に寄り添いながら,ゲームやバーチャル世界以外のリアル社会でも楽しいことがあると気づいてもらいます。興味がありそうなものを実際に体験しながら,リアルでの楽しいことを少しずつ増やしていきます。例えば体を動かすこと,動物と触れ合うこと,編み物や料理,釣りなど,リアル社会でしかできないことを増やしていく方向ですね。

 

■不器用な子が増えた理由は?

Q  最近,臨床をしている中で不器用な子ども,体幹が弱めの子どもが増えてきたように感じます。このような背景にはどんなことが考えられるか教えていただけますと幸いです。・・・ 作業療法士  

金生 不器用で体幹が弱い子どもが増えてきたのではないかという話ですが,これは今村先生いかがでしょうか?
今村 体幹についてはちょっとわかりませんが,不器用なお子さんの中には発達性協調運動症(DCD)というタイプの発達障害が含まれています(参考書籍Q28 ⇒p.93Q29 ⇒p.96Q74 ⇒p.2401)。これは運動の発達障害,あるいは運動の学習障害とも言われ,不器用さと運動の不正確さと遅さで特徴づけられます。これは単独で出てくるわけではなく,他の発達障害と併存することが多いので,幼稚園ぐらいで不器用さが目立ち,まずDCDが診断され,それからADHDやASDの診断に結びつくことがあります。5歳児健診などではDCDの考え方が大事だと思います。
金生 具体的にはどんなことで辛い思いをされるのでしょうか。
今村 運動ができないことでスクールカーストの最下層に追いやられますから,子どもにとっては非常に辛いことです。例えばクラスで1人だけリフティングができないとか,そういったことがあると恐怖でしかないですね。体育の時間や運動会のたびに傷つけられる体験をして,それが一番のトラウマだと言う方もいます。大人になると,「髭剃りやお化粧がうまくできない」とか「お金が上手に数えられない」とか,具体的な困難さが生じてきます。不器用だけなら問題ないと思われるかもしれませんが,かなり辛いことです。他の発達の問題と併存していることが多いので,理解が広まってほしいです。
金生 ありがとうございます。増えてきたというよりも,5歳児健診も含めてちゃんと把握されるようになってきた部分も大きいんでしょうかね。
今村 その通りだと思います。これまでは見過ごされてきたものが認識されるようになってきたんですね。一昔前はアスペルガー症候群とか不器用さとか,DAMP注)とか呼ばれていたものが,最近はDCDとして認識されるようになってきているということです。
金生 確かに,子どもにとって運動ができないことは勉強以上に不安になることが多いですが,その背景が診断されてきたということなんですね。

 

注)DAMPとは「Deficits in Attention, Motor control, and Perception」(注意・運動制御・認知における複合的障害)の略で,1970~1980年代に北欧で生まれた概念である。もともとはADHDとDCDが同時にみられる症候群を指すが,臨床経験や実証的研究によるとDAMPは非常に多くの場合,ASDの連続体上に位置するものと考えられる。
参考:クリストファー・ギルバーグ(著),田中康雄(監),森田由美(訳):アスペルガー症候群がわかる本―理解と対応のためのガイドブック.明石書店,2003

 

■文献
1)金生由紀子(編),今村明,辻井農亜(編集協力):発達障害Q&A―臨床の疑問に応える104問.医学書院,2024 

 

金生 由紀子 
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 准教授 
東北大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科,北里大学大学院医療系研究科などを経て,現職。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・部長を兼務。児童精神科医。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本児童青年精神医学会認定医。子どものこころ専門医。チック症,OCD,ASD,ADHDなど発達期に強迫性及び衝動性が問題になる疾患を中心に児童青年精神医療を担当。家族支援及び学校保健にも関心がある。

 

 

今村 明 
長崎大学 生命医科学域 保健学系作業療法学分野 教授 
1992年長崎大学医学部卒業。2000年同大学院卒業。2016年3月~2023年4月長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部・教授。2021年10月より現職。日本精神神経学会専門医,子どものこころ専門医,臨床遺伝専門医,日本医師会認定産業医,公認心理師等。主な著書として『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(「ADHD特性の脳科学的理解」共著,じほう,2022年),『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』(単著,星和書店,2014年)など。児童相談所,家庭裁判所の嘱託医でもあり,子どもの発達,愛着,トラウマの問題に関心を持つ。 

 

辻󠄀井 農亜 
富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座 客員教授 
2001年産業医科大学医学部医学科を卒業後,近畿大学医学部精神神経科学教室に入局。同大学院を経て,2022年6月より現職。日本精神神経学会・専門医・指導医,子どものこころ専門医・指導医。専門領域は児童青年精神医学,特に,注意欠如多動症を含めた発達障害と気分障害といった精神疾患の併存・つながりに関心を持つ。日本児童青年精神医学会代議員・理事,日本青年期精神療法学会理事。主な著書として中村和彦・編『子どものこころの診療のコツ 研究のコツ』(共著,金剛出版,2023年),『自閉症治療の臨床マニュアル』(共訳,明石書店,2012年)がある。 

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