第2回 医療・介護分野の戦国時代 
今井 裕一(多治見市民病院 病院長 / 愛知医科大学 名誉教授)

※本記事は『病院』83巻2号(2024年2月号)pp162-163を転載(一部改変)しております。病院経営の専門誌『病院』は“よい病院はどうあるべきかを研究する”雑誌です。ぜひ,併せてお読みください!

 

■ 鉄則は誰も教えてくれない 
2017年に14年間勤務した大学病院を定年退職し,病院長として着任した。社会医療法人厚生会が指定管理を受け,7年間での累積赤字が23億円あることが分かったのは,着任1カ月後であった。重圧は感じたが,理事長の理念に賛同できることが多かったし,医師21人,看護師100人,全職員をみていて十分改革できるという感触を得た。システムを徐々に改革し,現在医師数は40人となり,赤字は解消し黒字経営に転換できている。

 

病院が存続していくためには,いくつかの鉄則があることをこの7年間で学習した。ただ,この鉄則は,大学でも病院でも誰も教えてくれない。病院運営に関心のある人しか気がつかない。

 

1.病院運営の第一目標は,経常収支(収入−支出)の黒字を維持することである。多くの公立病院には,病院が黒字を出すことを悪事のように考えている人がいて,時々「正論」を吐く。赤字会計にして市・県・国から補填されて当然と考えている職員が1人でもいると,勤労意欲をなくし組織は崩壊する。民間病院は,30年後の病院建て替えの資金をキープしておく必要があり,黒字経営が絶対的な命題である。

 

2.収入を規定するのは医師のオーダー数であり,支出は職員の数で決まる。1人の医師が出せるオーダーには限界があることから,医師数が病院の総収入を規定することになる。医師1人当たり,給与の10〜15倍のオーダーを出さないと収支バランスは改善しない。逆に医師以外の職員(コメディカル)に収入を増やせというのは筋違いな話である。決して面前で言ってはいけない。コメディカルの仕事は,目の前の患者に誠意を尽くすことで,患者が再び受診したくなる応対をすることである。

 

3.医師を確保するためには,医師・職員の教育体制を充実する必要がある。若手医師を育成できるシステムを作ることが唯一最大の医師確保対策になる。医師が増えると収入が増加し,経営が安定化する。経営が安定すると,優れた医師が集まってくる。実力のある医師が揃ってくると魅力ある病院になり,さらに優秀な職員が集まってくる。このように好循環になる。病院長の重要な仕事は,卒後教育システムを熟知し,初期臨床研修医・専攻医を育成できるシステムを形成することになる。

 

以上が表の話(病院運営に関する建前論)になる。以下は,病院経営の現実に起こっている事象である。

 

多くの医療法人では,社員総会と理事会の関係が曖昧で,両者の構成メンバーが同一のところが多い。実は,理事を決定する権限は社員総会にあり,その意味では社員総会の方が最終決定権を有している。社員総会で決定された理事が集まり理事会を開催して理事長を決定する仕組みである。医療法人の場合,原則,医療法によって理事長は医師あるいは歯科医師でなければならないが,社員総会についての規定はない。すなわち最終的な経営権は,社員の誰かが持つことになり,雇われ理事長(名ばかり理事長)が存在することになる。さらにその理事長の権限で雇われ院長(名ばかり院長)が生まれることもある。

 

■ 戦国時代の幕開け? 
現在,全国に8,000の病院が存在しているが,約80%は赤字経営であるとされている。赤字の多くは公立病院であるが,民間病院も厳しい局面に立たされている。100床前後の病院は特に悲惨な状況で,病院の建て替えや後継者問題がのしかかると身売りせざるを得ない病院も出てきている。

 

現実に,東京・大阪・名古屋では,大きな地殻変動が起こっている。気がつくと隣の病院の経営権をIT企業や広告会社が買い占めて,名ばかり理事長が作られているのである。また札幌や福岡のある病院は,中国系企業の資本で再生を図っている。外国資本や国内の大手企業が財力に任せて,体力の弱った医療法人を買い占めるということが起きているのである。

 

一方,厚生労働省は地域医療構想で各県ごとに医療計画を進めようとしているが,既に経営面と後継者問題によって水面下で資本力に任せた企業買収(M&A)が潜行していて,買収した病床数を合算して規定病床数内で新しい病院をあっという間に建ててしまう時代なのである。県主導で冗長に地域医療構想の議論をしている間に,いくつかの企業や外国資本が病院の経営権を掌握してきているのである。これが国の目指している医療計画なのか大いに疑問が残る。

 

今後の病院運営は,このような水面下での闘いを熟知しながら,表の顔で病院のシステムを改善し,職員を鼓舞して黒字を維持しないといけないというかなりハードルの高い仕事であることは間違いない。5年後にどのような医療マップになっているのか全く予想もつかない状況である。「医療・介護の企業化・国際化」と「地域医療の充実」という難しい課題を突き付けられている。医療・介護分野での戦国時代の幕開けかもしれない。

 

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