第3回 打ちのめされても,這い上がらなくては…
𠮷岡 成人(NTT東日本札幌病院 病院長)

※本記事は『病院』83巻3号(2024年3月号)pp251-252を転載(一部改変)しております。病院経営の専門誌『病院』は“よい病院はどうあるべきかを研究する”雑誌です。ぜひ,併せてお読みください!

 

─「月曜の朝から,挨拶なんて勘弁してほしいよね…」と,皆さん思われているでしょうが,このなかで,いちばん「勘弁してよね…」と思っているのはわたくし自身だと思います…。

 

2018年4月2日,院長の就任に際して,職員を前にしての挨拶の冒頭部分です。

 

「地域で必要とされている医療を,より良質なqualityで安全に効率よく提供し続けることで,受診される患者さんやご家族のみならず,職員一人ひとりにとっても魅力的な病院として存続していくことがわたくしたちの目標です。そのためには,患者さんの健康
(patient health)を守ることのみならず,病院の財政基盤(financial health)を良好に維持することが極めて重要です。経営改善に向けて皆さんのさらなる奮闘をお願いしたい…」。臨床医であるわたくしは,就任の際にそのことを職員に伝え,以後も,繰り返し,繰り返し訴え続けています。

 

■ 病院の立ち位置を模索する日々 
当院は東日本電信電話株式会社(NTT東日本)の企業立病院です。職員は企業の社員ですが,財務大臣がNTTの30%以上の株式を保有していることもあり,「みなし公務員」としての側面を持っています。そのためか,福利厚生は極めて充実しています。有給休暇の消化率はほぼ100%,産前産後の休暇も充分に取得できます。各部門の職員数は一般的な医療機関よりも20%ほど多く,職員の15〜20%は出勤しないことを前提に勤務のシフトが組まれています。医療機器の更新は当然,新しいことを始めるには,人とモノと予算がなくては始まらないという感覚に病院全体が浸っています。

 

病院の管理者として医療事故や訴訟に対応し,平成30年北海道胆振東部地震による北海道全体のブラックアウト,新型コロナウイルス感染症による診療体制の変更など予期せぬ出来事を経験しましたが,就任後6年が経っても,最も大きな課題であるfinancial healthの改善は遥か彼方です。

 

本来,医療は地域の人たちのためにあるべきものですが,日本における医療計画は絵に描いた餅のようなもので,継続性がなく,さながら,リーダー不在のなかでの企業乱立といった具合です。市町村,都道府県の財政基盤は脆弱で,新型コロナウイルス感染症が拡大した際には,「赤信号をみんなで渡る」かのように,広く浅く感染症に対応することのみが声高に叫ばれました。札幌市が主催する公的な会議での議事の主役は大学の救急部や医療安全の専門家であり,市や市立病院などの公的な基幹病院の立ち位置がどこなのかが全く見えませんでした。市長をはじめとし,北海道医師会,札幌市医師会,日本病院会,全日本病院協会,日本社会医療法人協議会などから多くの管理者たちが集まりましたが,基幹病院を中心に感染症患者,一般の救急患者にどのように対応するのかではなく,「すべての施設でできる限り均等に,不公平とならないように平等に」多くの患者を診療する体制を構築したいということのみが議論されていました。行政には「公平」と「公正」の違いが全く分かっていないようでした。

 

日本の医療は米国,カナダ,英国などの国に比較し,人口1,000人当たりの病床数は4〜5倍ほどですが,100床当たりの医師数,看護師数は1/5ほどでしかない「低密度医療」という特徴があります。さらに,公的病院は病院数の2割ほどですが,救急搬送の4割を担っているという歪な構造をしています。予想しえない状況が起きたときに,行政が的確なリーダーシップを発揮して,医療の現状を踏まえて危機管理を行うことなど,全く望むことすらできないのが現状です。

 

■ 理想と現実の狭間 
わたくしは1981年に大学を卒業し,大学の医局に入らず一般病院で卒後研修を行いました。聖路加国際病院,自治医科大学,朝日生命糖尿病研究所にて勤務し,卒後13年目に札幌に戻り,北海道大学の第二内科に入局し,市立札幌病院,北海道大学病院を経てNTT東日本札幌病院に異動し,現在に至っております。

 

病院の管理業務に携わるまでは,臨床医として多くのスタッフと力を合わせて淡々と仕事をこなすことしか考えてきませんでしたが,院長として勤務するようになってからは,病院をより魅力的なものとして次世代に引き継ぐことの難しさが並大抵なものではないと身をもって感じています。

 

地域にとって望ましい医療を追求することの困難さを実感し,企業立病院としての矛盾と対峙しながら,少しでも多くの皆さんの役に立つ魅力的な医療施設としての礎を構築し,次の世代に引き継ぐことができるようにとfinancial healthの改善を目指す毎日です。

 

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