第5回 目指せ正徳の治 
鈴木 洋通(たむら記念病院院長 / 埼玉医科大学名誉教授)

※本記事は『病院』83巻5号(2024年5月号)pp419-420を転載(一部改変)しております。病院経営の専門誌『病院』は“よい病院はどうあるべきかを研究する”雑誌です。ぜひ,併せてお読みください!

 

はじめに簡単に小生の経歴を述べさせてください。卒業は1975(昭和50)年,北海道大学医学部です。卒業後,慶應義塾大学医学部内科訓練医となり2年間,その後川崎市立川崎病院で2年間を今でいうレジデントとして過ごしました。慶應義塾大学医学部内科(腎・内分泌・代謝内科)に入局し学位修得後,米国クリーブランドクリニックで3年間過ごして再び慶應に戻りました。その後高血圧で有名な故・猿田享男先生のもとで講師,助教授を経て,卒後20年の時点で埼玉医科大学腎臓内科の初代教授になりました。

 

20年間教授として過ごし,その間救急部副部長,地域医学医療センター(衛生学と地域医学を合わせた講座)のセンター長や毛呂病院(埼玉医科大学の前身の精神科を母体とした病院)で緩和医療科の立ち上げなどを行いました。退官後,新設の武蔵野徳洲会病院(303床)の初代院長となり,3年半前に現在の銚子にあるたむら記念病院(167床)の院長になり現在に至っています。

 

以上の経歴からすると,臨床医が病院長になった日という題目からずれていると思われる方が大半ではないかと思います。今回このエッセイの執筆依頼を受けたとき,お断りをするのが筋と考えましたが,小生が思っていることを書き綴ってもよいとのお許しをいただき,ここに恥ずかしながら書かせていただきました。

 

■武蔵野徳洲会病院での5年間
まず初代院長を務めた武蔵野徳洲会病院での印象を述べさせてください。徳洲会グループは皆様よくご存知の徳田虎雄先生が立ち上げた日本最大と言ってよい医療グループです。徳洲会全体では70以上の病院があり,武蔵野徳洲会病院はそのなかでは最も新しい病院の一つです。初代であったことから右も左もわからず,グループの理事長をはじめ多くの先生方から大変な援助,励ましをいただき,なんとかやっと務め上げることができたかなというのが現在の気持ちです。

 

徳洲会グループでは理念『生命を安心して預けられる病院,健康と生活を守る病院』があります。そのなかで武蔵野徳洲会病院では「かかりつけ病院」(これは登録商標となっています)という標題を掲げ,地域に根差した病院を目指しました。さらに医療原則5か条「1.患者確認を必ず行う,2.患者の情報は正しく共有する,3.コミュニケーションを円滑に行う,4.療養環境を適切に整備する,5.安全で快適な職場を作りましょう」として寄り集まり状態だった職員の一体化を目指しました。

 

院長を務めた5年間はさまざまな予期せぬことも多く,なかなか思ったような5年間ではありませんでした。しかし多くの職員とともに病院の立ち上げに参画でき汗を流した思い出は貴重でした。そこでの経験から得られたことは,院長の役割は地域に根差した理念を提唱することが大事だということでした。

 

■たむら記念病院での日々
現在勤務しているたむら記念病院は,個人病院が医療法人財団という名称となり創立から50年近くが経っています。銚子市はここ50年間で人口は9万人強から約5万5000人へと4割ほど減少しました。当然病院にもいろいろな影響があり,3年前に赴任したときには大幅な債務超過の状況でした。

 

これをどう打破するか,ドラマならば院長が辣腕を振るってV字回復したとなるのでしょうが,現実はそう簡単ではありません。1週間に数人が亡くなり,同程度の人数が他院から療養病棟へ転院してきます。いわゆる院長が研修医状態の毎日が続きます。

 

もしこれを読んで銚子のたむら記念病院で働いてくれる先生が出てくれれば幸甚です。療養病棟と透析を主体とする病院ではありますが,院長が院長の役割を果たそうにも,時間も補助してくれる人材もありません。恥ずかしい話ですが,院長が病院を一日中駆け回っている病院です。このような病院で院長をされている先生も多いかと思いますが,ここでの経験から言うと,院長はあまり病院中を駆けずり回らないほうがよいと思います。なぜなら細かいことはわかりますが,全体を動かすことは難しいからです。やはりどんな状況でも,院長は全体をみて指揮する必要があると思います。

 

このような経歴の医師が今回の命題に沿ったことで考えてみますと,唐突ですが,新井白石を思い出しました。新井白石は江戸中期(17世紀後半)に活躍した朱子学者で6代将軍徳川家宣の時代「正徳の治」と呼ばれる一時代をもたらした人です。すなわち,学者(医師,臨床医)として勉学に励み,そしてそれを世の中で実践する。理事長が徳川家宣であり,院長が新井白石と考えると,将軍のもとでいかによい世の中を実現するかです。

 

病院にあえてたとえると,まず,経済をしっかりする,すなわち黒字であること,次に職員が満足して働ける環境を整備する,これらができてくると,世間でよく言われる患者さんの満足度の高い病院となると思います。常に大きな視野で,まず地域に合った理念を掲げ,上記を実践し,そのように導いていくのが院長ではないでしょうか? 小生の言わんとすることをわかっていただければ幸いです。

 

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