第10回 患者目線のマインドをもった病院に~“町立温泉丸”の船長「信じて任す!」
山本 康久(医療法人良友会西和歌山病院院長 / 那智勝浦町立温泉病院名誉院長)

※本記事は『病院』83巻10号(2024年10月号)pp 826-827を転載(一部改変)しております。病院経営の専門誌『病院』は“よい病院はどうあるべきかを研究する”雑誌です。ぜひ,併せてお読みください!なお本エッセイ連載「臨床医が病院長になった日」の本サイトへの転載は今回で終了しますが,『病院』誌のエッセイ連載は続きます。次回以降は『病院』誌をご高覧くださいますと幸いです。 

 

この度は執筆の機会をいただきありがとうございます。大変恐縮しております。私は1956年3月14日三重県生まれの68歳です。幼少期から和歌山県に転居し小中高を過ごし,1982年に和歌山県立医科大学を卒業しました。その後同大学第一内科(現・糖尿病・内分泌・代謝内科)に入局し,和歌山県内と大阪府南部の関連病院で総合内科/糖尿病代謝内分泌内科の実臨床での研鑽を重ねてまいりました。今まで故・宮村敬名誉教授,南條輝志男名誉教授(現・和歌山ろうさい病院院長),赤水尚史名誉教授(現・隈病院院長)に,現在は松岡孝昭教授(和歌山県立医科大学糖尿病・内分泌・代謝内科教授)にご指導をいただいております。

 

■[ステージ0]56歳,院長就任の打診
和歌山ろうさい病院勤務当時,過去に同じ職場で勤務したことのあった整形外科の木浦賀文・那智勝浦町立温泉病院院長(当時)から内科医の院長候補を探しているとのことで想定外の就任依頼を受けました。めぐり合わせで「故郷に錦を飾る」とはこういうことかもしれません。家族らと熟慮の末,平日単身赴任の決断をし,五十の手習いで管理職の勉強をしました。

 

 ■[ステージ1]57歳,那智勝浦町立温泉病院院長に着任
2013年4月1日,和歌山ろうさい病院副院長から那智勝浦町立温泉病院第10代院長に着任。

 

那智勝浦町立温泉病院(120床)は,生まれ故郷の近くの病院で昔親類がお世話になり,また卒業後早々に週末の当直勤務を2人体制で担当した病院でした。歴代院長は京都大学・大阪大学関連の医師が就任しており,前任が和歌山県立医科大学整形外科からでした。院長に就任してからは,歴代院長同様,医師や看護師をはじめとしたスタッフ不足対策に多くを費やしました。

 

『地域医療はおもしろい!! 地域を癒す48の取材記』(北村聖編著,ライフメディコム,2015)で当時東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター教授であった北村聖先生(現・地域医療振興協会)に「患者目線のマインドをもった自治体病院に:地域住民に信頼される“町立温泉丸”の船長」として取り上げていただき,地域医療の大切さ・楽しさをあらためて実感することができて,嬉しかったのを思い出します。

 

蟻の熊野詣で有名な,一段の滝として落差133mと日本一を誇る那智の滝(熊野信仰の中心),南紀勝浦温泉,生まぐろ水揚げ日本一の勝浦漁港など,癒しとスピリチュアルな側面をもつ地域でした。10年間の単身赴任は辛いものがありましたが,この地で生きてきた住民の方言が優しく響き,多くの人々のぬくもりを感じ居心地が良かったです。

 

新米院長として頑張らねばとの気負いを感じ取った当時の看護部長からは「半年程度は静観し動かないのが良いですよ」とアドバイスをいただいたのですが,ついつい張り切り過ぎて,院長特権を利用して「MCA(Medical Communication Academy)委員会」を創設しました。主任クラスのメディカルスタッフを中心に,主にコミュニケーション,特にコーチングの研修を行い,院内外へその普及活動をすることを継続してまいりました。傾聴・承認の大切さを皆で共有できたという実感もありました。新規看護師就職面接では「患者さんの心に寄り添う医療」の病院理念が就職に応募した動機だとお話しされる方もいて,取り組んできたことが根付いてきたと思いましたが,今から思えば勘違いして過剰評価していたという反省点があります。

 

職員全員参加型で病院の理念のリニューアルを企画するも,十分な理解と協力を得られず,結局一部の幹部職員によって作成し,全職員の名札につけましたが浸透はしませんでした。リーダーシップとフォロワーシップも学び実践を試みましたが,難しいものだということを,身をもって体験しました。 

 

臨床医としては主に糖尿病専門医として,診療所でお困りの症例の紹介を受けたり連携したりして,少しはお役に立てたのではないかと感じております。また職員の前向きな取り組みによって,地域リハビリテーション医療の拠点とすることを中心に経営基盤が強化され,不備だった災害医療対応がしっかりなされつつあります。

 

■[ステージ2]66歳,名誉院長として1年間勤務
2022年4月,院長職を退任して,責務からの解放感はあったものの,次期院長に責任と権限を委譲するため名誉院長として1年間勤務しました。院長特権で創設したMCA委員会については関係職員の継続意志は強くなく廃止となり,一時は虚無感を感じるときもありました。しかし,糖尿病専門医不足の地域で,現在も非常勤で専門外来を楽しく担当させていただいております。頼りにされることはありがたいことです。

 

■[ステージ3]67歳,西和歌山病院院長に着任
2023年4月1日,和歌山市の120床の医療法人良友会西和歌山病院院長に着任。

 

西和歌山病院では,事務職やメディカルスタッフへさまざまな権限移譲が進んでおり,院長職としての業務は町立温泉病院時代に比べると半減しています。同時に医師の増員や医療・介護施設との顔の見える関係強化などによって病院収支も改善しており,医師を含め職員確保は本当に大切であることを実感しています。

 

「地域と共に生きる」を病院理念に掲げ,安心・安全を提供し,地域から信頼され,すべての医療職が働き続けたいと思える職場環境を目指し,今度は院長として気負うことなく,ぼちぼち取り組んでいます。

 

2023年8月に日本臨床コーチング研究会会長に就任したこともあり,懲りずに「西和歌山コーチング研究会」を,建前上は職員主導型で立ち上げました。また2024年6月,事務長,看護部長からの依頼で管理職研修会(リーダーシップ,フォロワーシップ)の講師を務めました。西和歌山コーチング研究会は,今後どうなるやら!? 「信じて任す!」

 

以上,つたない体験談ですが,これから院長になられる先生方に,ほんの少しでもお役に立つことがあれば幸いです。お付き合いいただきありがとうございました。ご活躍を祈念しています。

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