第2章 臨床研究の倫理性 
1 臨床研究倫理性の歴史 
1-1 ヘルシンキ宣言制定の経緯 
小林 真一

ブックマーク登録

世界医師会ヘルシンキ宣言(2024年改訂)―研究参加者を含む臨床研究のための倫理的原則―

ヘルシンキ宣言」が臨床研究や治験における倫理的基盤をなしていることは多くの人の知るところであり、その名称を耳にしたことのある人も少なくない。しかし、そのヘルシンキ宣言がどのようにして改訂を繰り返されてきたか、またその内容がどのようなものであったかを知る人は多くない。そこで、これらヘルシンキ宣言(以下、本宣言)の基礎的部分を概説する。また、本宣言の全文1)、臨床研究や治験の実施においては他の指針、法規2)なども必要に応じて知っておくべきである。

医学の発展、医療の進歩のため、非臨床研究の結果を踏まえて医薬品または医療機器の候補を人に適応する場合、また患者のデータを利用、解析する臨床研究などなど、人を対象とする臨床研究が世界中で実施されている。本コンテンツの中でも多くの倫理規範が歴史的背景の中で必要であったことを示した。第二次世界大戦以降、1964年第18回世界医師会総会(ヘルシンキ開催)で本宣言が初めて採択され、その後、1975年第29回東京開催時に初めての改定が行われたが、その当時の我が国では研究計画書、同意書、倫理委員会など今では常識となっている事項が実施されていなかった。この間、またその後、1983年ベニス、1989年香港、1996年サマーセットウェスト(南アフリカ)、2000年エジンバラ、2002年ワシントンDC、2004年東京、2008年ソウル、2013年フォルタレザ(ブラジル)、最近は2024年ヘルシンキでの世界医師会総会で改訂が行われた。

そこで、ここでは2024年改訂版3)を参考に特に知っておくべき要点のみ概説する。ただし、本宣言の理解のためには必要に応じて日本語訳または原文に触れることが大切である。

まず本宣言の「序文」には「世界医師会は本人を特定できる人の試料またはデータを用いる研究を含む、人間の参加者(以下、著者は「研究参加者」という)を含む医学研究の倫理的原則としてヘルシンキ宣言を策定したとある。本宣言は医師によって採択されたものであるが、世界医師会は、これらの原則が患者と健康なボランティアの両方を含むすべての研究参加者を尊重し、保護するための基本的なものであり、研究に関わる個人、チーム、組織によって守られるべきであると考える」と述べている。今回の改定のもっとも大きなポイントの一つが研究対象者を「被験者」から「研究参加者」としたことである。原文では「human subject」から「human participant」に変更となった4)。これまでの被験者では研究の介入を受動的に受ける人としての印象が強かったが、研究に参加する研究参加者とすることに、より主体的、積極的に臨床研究を構成する重要な一人として位置付けられた。しかし、このためには研究参加者が研究の目的、背景、方法などを十分理解する必要であり同意説明、同意取得がとても重要である。また「一般原則」では「医学の進歩は最終的には研究参加者を含む臨床研究に基づくものであり、研究を実施する医師及び他の研究者は研究参加者の生命、健康、尊厳、品位、自律性、プライバシーさらに個人情報を守る責任がある。さらにコロナ禍での一部の臨床研究への影響があったことを受けて、公衆衛生上の緊急事態においても本原則の遵守を必要」としている。また研究参加者の「リスク、負担、利益」について、これまでも述べられていたが、「研究参加者本人にはリスクと負担があることから、そのリスク、負担を最小限にすべきであり、十分な(原文predictable:過去のデータ、経験などによる)予想されるリスク、負担について評価すべき」としている。一方、「当該研究から得られる利益は研究参加者以外の他の患者、グループが受けることから、研究参加者に対する(原文foreseeable : 予想され得る)利益と当該研究参加者のリスクと負担の慎重な比較評価が重要である」としている。このリスク、負担と利益の比較評価が臨床研究のジレンマであり倫理委員会の重要な役割でもあると筆者は考える。

本宣言には上記以外の研究参加者の「個人、グループ、コミュニティの脆弱性」の問題、臨床研究の「科学的要件と研究計画書」、「研究倫理委員会」、研究参加者の「プライバシーと秘密保持」、また極めて重要な研究参加者の「自由意思に基づくインフォームド・コンセント」、「プラセボの使用」、「研究終了後の措置」、「研究登録、公表および結果の普及」「臨床における実証されていない介入」など、実際に臨床研究などを実施する場合には知っておくべき必要な倫理規範が示されている。今回、研究対象者が「被験者」から「研究参加者」となった意味も十分理解するとともに、我が国においてこの30年の間に本分野が進歩・発展してきたことを踏まえ臨床研究における倫理規範の遵守を堅持すべきである

 

文献

1)「WMA Declaration of Helsinki – Ethical Principles for Medical Research Involving Human Participants」 https://www.wma.net/policies-post/wma-declaration-of-helsinki/ (最終アクセス:2026年4月22日)
2) 臨床研究法 https://laws.e-gov.go.jp/law/429AC0000000016 (最終アクセス:2026年4月22日)
3)「世界医師会ヘルシンキ宣言 人間の参加者を含む医学研究のための倫理的原則(日本医師会訳)」 https://www.med.or.jp/dl-med/wma/202410kaitei_helsinki_j.pdf (最終アクセス:2026年4月22日)
4)「井上悠輔. 世界医師会ヘルシンキ宣言の2024年改訂.  2024.12.10 医学界新聞:第3568号」 https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2024/3568_05 (最終アクセス:2026年4月22日)

 

   

こちらの記事の内容はお役に立ちましたか?