第1章 臨床試験の基礎知識とそのポイント 
1 臨床薬理学の歴史(概説) 
1-3 歴史上の重要事項とその改善策 
中野 重行

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1993年秋に発生したソリブジン事件は、帯状疱疹の画期的な新薬として発売された抗ウイルス薬「ソリブジン(商品名:ユースビル)」と、フルオロウラシル(5-FU)系抗がん剤との併用により、発売後わずか1か月余りで15名(最終的にはそれ以上)の患者が重篤な副作用(血液障害など)で死亡した歴史的な薬害事件である。

原因は、ソリブジンの代謝物が5-FUを不活化する代謝酵素を不可逆的に阻害し、5-FUの血中濃度を異常上昇させたことによる薬物相互作用であった。開発段階の動物試験や海外類似薬の論文で危険性を示す予兆があり、治験中にも死亡例が出ていたにもかかわらず、製薬企業によるデータ隠蔽や不十分な報告、行政の審査不備、現場の医師・薬剤師の認識不足などが重なり、悲惨な事態を招いた。

この事件を重大な教訓として、わが国の医薬品安全管理体制は「薬は効けばよい、安全は個人の注意に頼る」という考え方から、「薬はシステムで安全に使うもの、安全は制度で担保するもの」へと抜本的に改革された。ソリブジン事件は、日本の医薬品開発・審査・市販後安全対策を一気に進化させた転換点になった。「治験(開発)」「承認審査」「市販後安全対策」の3段階に分け、制度的に何がどのように改善されたかを、以下に整理する。

1.治験(臨床試験)のあり方の改善

1)新GCPの導入と国際標準化

日本独自の甘い基準から、国際標準であるICH-GCPに準拠した厳格な基準(新GCP)へと移行した。これにより、単に「データを取る」ことから「研究参加者を守りながらデータを得る」姿勢へと転換した。

2)薬物相互作用評価の強化

治験段階において、代謝酵素(CYP系など)を介した薬物相互作用の検討が標準化され、ソリブジンのような致死的な併用毒性を事前に検出する仕組みが構築された。

3)インフォームド・コンセントの厳格化

以前は口頭での説明と同意が多かったのに対し、副作用や相互作用などのリスクに関する文書による詳細な説明と同意の取得が義務化された。研究参加者が単なる研究対象ではなく「意思決定主体」として位置づけられた。

4)治験審査委員会(IRB)の機能強化

外部委員の導入などにより、医療機関や製薬企業の内部だけで決定される「形式的な審査」から脱却し、第三者の目が入ることで研究参加者保護の視点が強化され、審査プロセスの透明性が高まった。

このように、当事者間の「密室」で行われていた治験プロセスに、文書化、第三者の介入、情報の積極的な開示というルールが持ち込まれたことで、治験の透明性は劇的に向上した。

 

2.新薬の審査の方法の改善

1)審査体制の独立と専門性の強化

厚生省(現在の厚生労働省)から審査部門が分離・独立し、医師や薬学・統計学などの専門的職員が大幅に増員した。ソリブジン事件では、当時の行政(厚生省)が製薬会社からのデータを鵜呑みにし、チェック機能が十分に働かなかったことが被害を拡大させた要因の一つであったが、後の2004年の医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency : PMDA)の設立は、新薬の承認審査体制の専門性と独立性を強化して、開発(治験)から承認審査、そして市販後の安全対策に至るまでを一貫して監視・指導するシステムを構築する上で、極めて重要なステップとなっている。

2)リスク評価の高度化(ベネフィット・リスク評価)

薬の有効性だけでなく、安全性とのバランス(Benefit-Risk)を厳格に評価するようになり、併用薬のある患者や高齢者などのハイリスク群における検討が強化された。

3)添付文書の抜本的改善

禁忌や警告、相互作用の記載方法が明確化され、「重要な基本的注意」の項目が新設された。表現の標準化や視認性の向上により、“単に書いてある”だけのものから、現場の医師や薬剤師に“伝わる”警告へと改善された。

4)緊急安全性情報の制度化

薬害の拡大を迅速に防ぐため、「ドクターレター(緊急安全性情報)」などのシステムが整備され、現場へ迅速に警告を伝達できるようになった。

 

3.市販後医薬品の安全性確保の方法の改善

1)副作用報告制度の強化

医療機関や製薬企業からの副作用報告の義務が強化され、特に重篤な症例に対する迅速な報告が求められるようになった。

2)市販後調査(Post-Marketing Surveillance : PMS)の制度化と拡充

「市販後も試験は続く」という発想への転換が図られた。医薬品の市販後調査の実施に関する基準(Good Post-marketing Study Practice : GPMSP)が見直され、使用成績調査や、ハイリスク群を対象とした特定使用成績調査などが拡充された。

3)リスクマネジメント計画(Risk Management Plan : RMP)の導入

医薬品ごとに重要なリスクを特定し、そのリスクを最小化するための策を設計した上で、医療現場へ具体的な対応を指示する仕組みが導入された。

4)医薬分業の推進と薬剤師の機能強化

病院間で異なる薬が処方されて起こる相互作用を防ぐため、“最後の安全バリア”としての薬剤師の機能が重要視された。院外処方が推進されて「かかりつけ薬局」制度が設けられ、お薬手帳の普及によって患者の服薬情報を一元管理し、処方監査・相互作用チェックを確実に行う体制が進められた。

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