臨床試験をはじめとする臨床研究は、医学の進歩と患者の治療向上を目的としてヒトを対象に行われる。特に新しい医薬品や医療機器の承認を目指す「治験」においては、社会的価値のあるエビデンスを創出するために「科学性」「倫理性」「信頼性」の3つの要素を満たすことが不可欠である。
第1章 臨床試験の基礎知識とそのポイント
3 臨床試験、治験の意義、目的
3-2 科学性、倫理性、信頼性
中野 重行
1.科学性:客観的エビデンスの追求
臨床研究の第一の要件は、評価を歪める「バイアス(系統誤差)」を極力排除し、真の有効性と安全性を客観的に証明することである。人間の体には個体差があり、また臨床研究者や研究参加者(患者)の「効いてほしい」という期待が研究結果に影響を与えるため、研究参加者を無作為にグループ分けする「ランダム化比較試験」、自然治癒力やプラセボ反応を考慮した「プラセボ対照比較試験」、誰がどの治療を受けているかを臨床研究者にも研究参加者にも分からないようにする「二重盲検法」といった厳格な手法が用いられる。科学的に意味のある結果を導けないずさんなデザインの試験は、研究参加者を無意味なリスクに晒すことになるため、倫理的にも正当化されない。
2.倫理性:研究参加者の人権と福祉の保護
非臨床試験段階の動物実験とは異なって、臨床研究ではヒトを対象とするため、研究参加者の生命、健康、人権は、科学的・社会的な利益よりも常に優先される必要がある(ヘルシンキ宣言)。臨床研究の実施にあたっては、目的やリスクを十分に説明し、研究参加者の自由意思による「インフォームド・コンセント」を得ることが大前提となる。
また、臨床研究の科学性を高めるために対照群にプラセボを用いることがあるが、既に有効な標準治療が存在する場合、プラセボ群の患者から治療機会を奪うことにもなるため、試験デザインを組む際に細心の留意が必要になる。臨床現場は、「目の前の患者を救う」という「医療の論理」と、未来の患者を救うために「有用なデータを得る」という「研究の論理」が衝突(コンフリクする場でもある。この両者のバランスを適切に取り、研究参加者の保護と質の高いデータの収集を両立させる試験デザインが求められる。
3.信頼性:データの質の管理と保証
科学的・倫理的な計画のもとで得られたデータが、「真実である」という信頼性は研究の大前提である。日本では新GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)の法制化などにより、データ管理や監査のルール整備が進んだ。しかし、制度が厳格化されてもデータ改ざんなどの不正行為は起きている。 これを防ぐには、臨床研究者自身が「良い結果を出したい」という無意識のバイアス(期待効果)を自覚し、誘惑に打ち克つ「Research Integrity(研究の誠実さ・個人の心構え)」を持つことが不可欠である。さらに、プレッシャーや孤独から生じる研究不正を防ぐため、チーム内で情報を共有し合う「コミュニケーション(環境要因)」の構築も極めて重要である。
臨床研究における科学性、倫理性、信頼性は独立したものではなく、三位一体で互いに支え合う関係にある。科学的かつ倫理的に洗練された計画のもと、誠実な研究者たちが高い信頼性を持つデータを創出してこそ、はじめて社会や未来の患者に恩恵をもたらすことができる。
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