1.臨床試験で生じる主なバイアス
バイアスは試験の計画から結果の公表まで、あらゆる段階で発生する可能性がある。
1)選択バイアス(selection bias)と交絡因子
研究参加者を試験に登録する際や治療群に割り付ける際に、臨床研究者が特定の傾向を持つ患者(例えば、軽症の患者や特定の治療に反応しそうな患者)を意図的、あるいは無意識に選んでしまうことで生じる偏りである。また、治療効果とは別に結果に影響を与える隠れた要因を「交絡因子(confounding variables)」と呼ぶ(例:肺がんの試験における喫煙と飲酒の関係など)。これらの偏りがあると、純粋な薬の効果が測定できなくなる。
2)観察者バイアス(observer bias)と期待効果
治療効果を測定・評価する際、臨床研究者が「この薬は効くはずだ」という期待(期待効果)を持っていると、結果を自分にとって好ましい方向に評価してしまう現象である。研究参加者(患者)自身の「新しい薬だから効くはずだ」という思い込み(プラセボ効果)もこれに類し、正しい評価を妨げる要因となる。
3)出版バイアス(publication bias)
研究結果を公表する際、ポジティブ(肯定的)な結果が出た試験ばかりが発表され、ネガティブ(否定的)な結果や期待通りの結果が出なかった試験が公表されない現象である。これにより、社会全体としての薬の評価が過大になってしまう。
2.バイアスをコントロールする方法
これらのバイアスを排除し、真実のデータに近づくために、臨床試験では以下のような厳密な手法が用いられる。
1)前向き試験(prospective study)の実施
過去のカルテなどを振り返る「後ろ向き試験」は、記憶の歪み(想起バイアス)やデータの欠損などでバイアスが入りやすくなる。そのため、事前に厳格な研究実施計画(プロトコール)を定め、未来に向かってデータを収集する「前向き試験」を行うことがバイアスを減らす大前提となる。
2)ランダム化(無作為化:randomization)
選択バイアスを防ぐための最も重要な手法である。研究参加者を新しい治療を行う「介入群」と、プラセボや既存薬を用いる「対照群」に、確率的(くじ引きのような方法)に割り付ける。これにより、研究参加者の背景や未知の交絡因子が両群で均等に分布し、公平な比較が可能となる。この手法を用いる「ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial : RCT)」は、最も信頼性の高いエビデンスとされている。
3)盲検化(blinding)
観察者バイアスや期待効果を防ぐ手法である。誰がどの治療(実薬かプラセボか)を受けているかを伏せて試験を行う。特に、研究参加者(患者)と評価者(担当医など)の両方に治療内容を知らせない「二重盲検法(double-blind trial)」は、客観性を維持するための最も標準的で信頼性の高い手法とされている。
4)客観的なハードエンドポイントの採用
評価者の主観が入り込む余地を極力なくすため、「死亡」などの誰が判断しても結果が変わらない、客観性が極めて高い指標(ハードエンドポイント)を使用することも、ソフトな指標を用いるよりもバイアスを強力に排除する手段となる。
5)臨床研究(試験)の事前登録制度
出版バイアスを防ぐため、近年では臨床研究(試験)を開始する前に、その目的やデザインを公的なデータベースに登録することが義務付けられている。これにより、後から都合よくデータを解釈したり、不都合な結果を隠蔽したりすることが防がれる。
臨床試験においてバイアスを完全にゼロにすることは困難であるが、前向きな計画、ランダム化、二重盲検法といった科学的な仕組みを組み合わせて適切にコントロールすることで、限りなく客観的で信頼性の高いデータを得ることができる。これは単に科学的な厳密さを追求するだけでなく、正しい治療法を社会に届け、参加する研究参加者の安全を守るための臨床研究者の重要な責務でもある。