医師主導治験は、医師が主導して実施する臨床試験の一つである。医師主導治験とそれ以外の臨床試験は、遵守すべきルールが大きく異なるが、その最大の違いは試験の実施目的にある。医師主導治験は、医薬品・医療機器の製造販売承認の取得を目的として実施され、一般の臨床研究よりも厳格な規制のもとで実施される。
医薬品・医療機器の製造販売承認を目的として実施される治験の多くは、企業が主導する企業治験である。営利企業にとって経済性は重要な判断基準であるため、採算性の低い医薬品・医療機器の開発は進みにくい。そのため、希少疾患や小児に対する治療薬の開発、既存薬の適応拡大などは、企業主導治験では優先度の高い課題となりにくい。一方、日々の診療で希少疾患患者を担当している医療現場では、新たな治療薬の開発や適応外使用となっている薬剤の薬事承認が強く求められ、企業側の開発戦略と一致しないことが少なくなかった。このような背景のもと、2003年7月施行の改正GCP(Good Clinical Practice)では、医師自らが治験実施の責任者となる「医師主導治験」が制度として認められ、医師が主体となって治験を実施することが可能となった。
治験を実施するにあたって、様々な準備が必要であり、法令上、その主体として、「治験の依頼をしようとする者」と「自ら治験を実施しようとする者」が規定されている。「治験の依頼をしようとする者」は医薬品・医療機器の製造販売企業や臨床開発受託機関(Contract Research Organization : CRO)などが該当する。一方、「自ら治験を実施しようとする者」には医師が該当する。ただし、医師主導治験であっても、製造販売承認の申請は従来の企業治験と同様に、製造販売を行う企業が行う必要があり、医師主導治験は将来の承認申請に用いられるデータを企業に提供する位置付けとなる(図4-2-1)。

図4-2-1 医師主導治験と企業主導治験の違い.
医師主導治験と企業主導治験では,さまざまな治験実施の準備や管理を誰が担当するか大きく異なっている。医師主導治験は企業主導治験と同様に、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)ならびに医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP省令)に基づく厳格な規制を受ける。通常は企業が担っている、治験実施計画書の作成、治験計画届の提出、治験薬の調達、モニタリング、監査、安全性情報報告、データマネジメントや必須書類作成・保存などの業務を、医師自らが行わなければならない。
企業治験で医師や実施医療機関の主な役割が治験そのものの実施であるのに対し、医師主導治験では、医師は被験者に対する医療行為としての治験実施に加え、治験依頼者として、治験の準備や管理にも関与しなければならない。一部の業務を委託することは可能であるが、開発の専門家でない医師にとって、これらの業務を行うことは容易ではない。さらに、施設内外で医師をサポートする人的資源も不足しているのが現状である。
医師主導治験では橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)から生まれた遺伝子治療、細胞・組織製品、未承認薬などのシーズを実用化に結びつけることも可能であるが、これらの品質確保や管理も医師主導で行う必要があり、大きな壁になっている。現状として、医師主導治験の多くが、国内ですでに承認された医薬品の適応拡大や国内未承認の医薬品・医療機器の承認取得を目的として実施されている。
医師主導治験の実施上のもう一つの課題は、治験実施のために必要な資金の確保である。企業治験では、医薬品・医療機器の医療上の必要性に加え、採算性が重視され、治験は企業の経営・開発戦略に基づいて計画・実施される。一方、医師主導治験は、現場での医療ニーズに基づいて実施される場合が多いが、医師自身は治験実施のための十分な資金を持っていないわけではない。そのため、治験実施のための運営資金を自らが確保する必要がある。医師主導治験では、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development : AMED)をはじめとする公的研究費を財源として用い、場合によっては企業からの資金提供や医薬品・医療機器の提供を受けることも可能である。
しかし、こうした資金調達や管理は、本来医師に期待されている臨床業務や研究活動とは大きく異なり、負担が大きい。医師主導治験が対象とするのは、企業が採算性の観点から積極的に取り組みにくい患者集団であることが多く、治験そのものの成功確率も必ずしも高くない。その結果、医師主導治験の実施には、経済的にも科学的にも高いハードルが存在している。