新しい薬(被験薬)が「本当に効くのか」を科学的に評価するためには、プラセボを対照群として用いた比較が必須となる。その理由は、患者に現れる「症状の改善」の構造的なメカニズムにある。薬を飲んで症状が良くなったとき、その改善は主に以下の3つの要素の足し算で成り立っている(D+P+Nモデルによる理解)。
1)自然変動(N):人間の身体に備わる自然治癒力や、時間の経過による自然な変化
2)真のプラセボ効果(P):「治療を受けている」という安心感や、「良くなるはずだ」という期待による心理的・身体的な変化
3)真の薬効(D):薬の成分そのものが持つ本来の純粋な効果
被験薬を投与したグループで観察されるトータルの改善は、これら全てが合わさった「D+P+N」となる。一方、プラセボを投与したグループで観察される改善は「P+N」である。
新薬の有効性を評価する際、私たちが本当に知りたいのは薬の純粋な実力「真の薬効(D)」である。これを正確に抽出するためには、被験薬グループ全体の改善率(D+P+N)から、プラセボグループの改善率(P+N)を差し引く必要がある。もしプラセボ対照群がなければ、症状が良くなった理由が「薬の成分のおかげ」なのか、それとも「自然治癒や思い込みによるもの」なのかを科学的に区別することができない。
また、「すでに有効性が証明されている標準薬(既存の薬)と比較すれば十分ではないか」という意見もある。しかし、標準薬との「同等性(差がないこと)」だけを繰り返し評価していくと、統計学的な誤差の蓄積により、やがてプラセボと効果が変わらない、あるいは劣るような薬が世に出てしまう危険性がある。つまり、臨床試験におけるプラセボは、化学実験における「ブランク(基準となるゼロ点)」と同じ役割を果たしており、薬の本当の有効性を科学的に証明するための基準として不可欠なものである。