臨床試験におけるデジタル技術は、この10年で大きく広がった。以前の「デジタル化」は、紙の症例報告書を電子化するなど、作業を効率化する意味合いが強かった。現在は、研究の計画、参加者の募集、説明・同意、診察、データ収集、モニタリング、解析、結果の公開までをつなぎ、「臨床試験の進め方」そのものを見直すDX(Digital Transformation : デジタルトランスフォーメーション)へ進みつつある。
例えば、電子カルテから参加候補者を探す、オンラインで研究を説明する、スマートフォンから症状を入力してもらう、腕時計型の機器で活動量や心拍数を測る、研究データをクラウド上で管理する、といった方法が使われている。これらを支える技術は総称してICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)と呼ばれる。臨床試験の一部を医療機関以外でも行う考え方は、DCT(Decentralized Clinical Trials : 分散型臨床試験)と呼ばれる。DCTは、すべてを自宅で行う試験だけを意味しない。診察や重要な検査は医療機関で行い、日々の症状の記録や一部の面談は自宅から行うなど、対面と遠隔を組み合わせる方法も含まれる。遠方に住む人や、仕事、育児、介護などで頻回の来院が難しい人の負担を減らし、参加の機会を広げる可能性がある。
こうした変化は、技術企業だけが進めているものではない。臨床試験の国際的な共通ルールを検討するICH(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use)、米国のFDA(Food and Drug Administration)、欧州の規制当局などが、デジタル技術を使う場合の考え方を示している。そこで重視されているのは、最新の技術を使うこと自体ではなく、参加者の権利と安全を守り、研究の目的に合った信頼できるデータを取得することである。2025年に最終化されたICH E6(R3)でも、試験の重要な点とリスクに応じて、無理や無駄のない品質管理を行う考え方が強調されている。
日本では、厚生労働省が2023年に電子的な説明・同意、2024年にスマートフォンやウェアラブル機器などで収集した情報を治験の評価に用いる際の留意点を示した。さらに「治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について 2025年版とりまとめ」では、DCT、電子カルテと研究システムのデータ連携、リアルワールドデータの活用、手続きの効率化、AIの活用などが今後の課題としてまとめられている。日本でも世界と同じ方向を目指しているが、地域の医療機関との連携、契約や倫理審査、データ形式の違いなど、まだ調整が必要であり、実際の運用を整えていく段階にある。
臨床試験で健康状態や行動を測るために用いるスマートフォン、ウェアラブル機器、センサー、ソフトウェアなどは、DHT(Digital Health Technologies : デジタルヘルス技術)と総称される。電子カルテ、レセプト、疾患レジストリなど、通常の診療や生活の中で得られるデータはRWD(Real World Data : リアルワールドデータ)と呼ばれる。これらは、今後の臨床試験を学ぶ際によく目にする言葉である。
デジタル技術によって、医療機関を受診した時だけの「点」のデータに加え、日常生活の中での連続した「線」のデータを集められるようになったことも大きな変化である。ただし、データが多ければ研究の質が自動的に高くなるわけではない。機器を外していた時間、通信障害、測定方法の違いが分からなければ、結果を正しく解釈できないことがある。また、施設によって検査名や単位、入力方法が違えば、データを簡単にまとめることはできない。このため、データの意味や形式をそろえ、どのように得られた情報かを確認できることが重要になる。
近年、この流れに生成AIが加わった。生成AIは、研究計画を考える際の論点整理、文献を探す手助け、説明文書の平易化や翻訳、プログラムや報告書の下書きなどを支援できる。一方で、「ハルシネーション」と呼ばれる、もっともらしい誤りを作ること、存在しない文献を示すこと、偏った回答をすることに加え、入力した個人情報や未公表情報が外部に送られるリスクがある。生成AIが出した文章や判断は、そのまま研究などの結論にはできない。原資料と照らして人が確認し、参加者の安全や研究結果に関わる判断は専門家が行う必要がある。併せて生成AIの基本的な特性も学ぶべきだと考える。
初めて臨床試験を学ぶ段階で、これらの技術をすぐに使いこなす必要はない。まず、現在の臨床試験では、参加者が必ずしもすべての手続きのために一つの医療機関へ通うとは限らないこと、データは医療機関の外からも集まること、複数のシステムや組織が研究に関わること、AIが人の仕事を補助し始めていることを知っておきたい。新しい用語や情報に出会ったときは、「何のために使うのか」「参加者の負担や安全はどう変わるか」「そのデータはどこから来たのか」「最後に誰が確認し、責任を持つのか」という視点で考えると理解しやすい。ICTをはじめとする新しいデジタル技術は研究者を置き換えるものではなく、より参加しやすく、信頼できる臨床試験を支える道具として学んでいくことが大切である。

【参考文献・参照サイト】
1) International Council for Harmonisation. ICH E6(R3) Guideline for Good Clinical Practice. 2025. https://database.ich.org/sites/default/files/ICH_E6%28R3%29_Step4_FinalGuideline_2025_0106.pdf (最終アクセス:2026年8月12日)
2) World Health Organization (WHO). Ethics and governance of artificial intelligence for health: guidance on large multi-modal models. 2024. https://www.who.int/publications/i/item/9789240084759 (最終アクセス:2026年8月12日)
3) 厚生労働省.治験及び製造販売後臨床試験における電磁的方法を用いた説明及び同意に関する留意点について.2023年3月30日.https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7518&dataType=1&pageNo=1 (最終アクセス:2026年8月12日)
4) 厚生労働省.治験及び製造販売後臨床試験における情報通信機器等により電磁的記録として収集された情報を用いた有効性及び安全性の評価に関する留意点について.2024年9月20日.https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8733&dataType=1&pageNo=1 (最終アクセス:2026年8月12日)
5) 厚生労働省.治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について 2025年版とりまとめ.2025年6月30日.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59245.html (最終アクセス:2026年8月12日)